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Re: 吉田秀和さんの著作から

 投稿者:theta  投稿日:2020年10月19日(月)15時38分26秒
返信・引用
  > No.5197[元記事へ]

修理人さん、ソレです!!(^o^)v

> ご参考のため、山根銀二「音楽の旅」から。
>
> ザルツブルクのモーツァルト祭(170頁)
>  ……夜はカール・シューリヒトがウィーナー・フィルハルモニカーを指揮してハフナー交響曲その他をやった。これも素晴しい。どの音符も生きてピチピチはねかえり、われわれを突き刺してくる。あの豪毅なテーマの颯爽たる弾きぶり。もう一度ウィーン・フィルの優れた性能に心を打たれる。シューリヒトはもう七十歳を越える老指揮者だが、その鋭く音楽的な棒のさばきには感歎せざるをえない。それはたしかに私がヨーロッパで聴いた最優秀な演奏の一つであった。 …
>
> 東独見学(186頁)
>  十二日にはシューリヒトの指揮でベルリン・フィルの演奏会。ベートーヴェンの第三交響曲を独特の鋭さと強さでやる。これにはまいってしまった。この爺さんただものでない。なぜ、あまりもてはやされないのであろうか。
 
 

Re: 吉田秀和さんの著作から

 投稿者:修理人  投稿日:2020年10月19日(月)15時22分57秒
返信・引用
  > No.5195[元記事へ]

ご参考のため、山根銀二「音楽の旅」から。

ザルツブルクのモーツァルト祭(170頁)
 ……夜はカール・シューリヒトがウィーナー・フィルハルモニカーを指揮してハフナー交響曲その他をやった。これも素晴しい。どの音符も生きてピチピチはねかえり、われわれを突き刺してくる。あの豪毅なテーマの颯爽たる弾きぶり。もう一度ウィーン・フィルの優れた性能に心を打たれる。シューリヒトはもう七十歳を越える老指揮者だが、その鋭く音楽的な棒のさばきには感歎せざるをえない。それはたしかに私がヨーロッパで聴いた最優秀な演奏の一つであった。 …

東独見学(186頁)
 十二日にはシューリヒトの指揮でベルリン・フィルの演奏会。ベートーヴェンの第三交響曲を独特の鋭さと強さでやる。これにはまいってしまった。この爺さんただものでない。なぜ、あまりもてはやされないのであろうか。

http://carlschuricht.com/YamaneGinji.htm

 

Re: 吉田秀和さんの著作から

 投稿者:信一  投稿日:2020年10月17日(土)20時19分49秒
返信・引用
  > No.5194[元記事へ]

thetaさん

> たしか以前にこの掲示板で、山根銀二氏のシューリヒト絶賛評が紹介されていたと思います。山根氏は戦前からの楽壇の重鎮ですから、これはもしかすると小澤さんや岩城さんの「神だ、神だ」(笑)より古いものなのでは?

うっすら記憶にありますが、忘れてますね(笑)どんな文章だったでしょう。
ヨーロッパへ行って聞いてきた旅日記のようなものにシューリヒトが出てくることは結構あったかもしれません。誰だったか、シューリヒトの第9を聞いて、ベームを冷たくしたような指揮だったという感想を読んだこともあります。

村田武雄氏はシューリヒトを実際に聞いた人です。東芝のエロイカの解説で、シューリヒトはヴァイオリンを美しく響かせることで知られた人、、みたいなことを書いていました。

しかし、没後50年以上もたっています。結局は、残された録音から得られる感動以外に必要なものはなく、古い批評や感想は、淘汰されて、影響力を失ったと思うのです。

解釈が、楽理や学問的に追求したものなら、その説明を読む必要があります。評論家にとってそうした解釈は説明しやすく評価もしやすいでしょう。
それに対して、シューリヒトの演奏や解釈は、時間の芸術としての音楽、生まれてくる音や旋律に対する純粋な反応の連続が基礎となっているので、分析しようと試みても、結局つじつまの合わないものになりがちです。

彼の伝記を読んで、読書の虫だったという記述を読み、ああ、小説を読むように演奏したのか!と突然合点がいったりしました。もちろんそんなに単純なものではないでしょうが、それほど的を外してはいないように思えます。

話がおかしなところへ来てしまいましたが、シューリヒトを聞いて感動するのは簡単ですが、言葉で説明するのが、他の指揮者よりむつかしいのは、そんなところにあるのではと最近思っています。

これは、
 

Re: 吉田秀和さんの著作から

 投稿者:theta  投稿日:2020年10月17日(土)14時27分12秒
返信・引用
  > No.5193[元記事へ]

信一さん

U野センセイは絶大な支持がありましたが、一方で氏が推薦するものをことごとくゲテモノ視し、軽蔑するイヤミな空気も存在しましたよね。レコ芸権威主義、ブランド主義というやつですが。

なので、その権威主義の中で尊敬されていた吉田さんが「宇野が推すゲテモノ」シューリヒトを取り上げるというのは、きっと軽いショックを与えるに違いない、という吉田さんの忖度が働いたのかもしれませんね。レコ芸の一文も「今までシューリヒトについて書かなかったのは、宇野さんが書くべきことを書き尽してくれていたから」という言い訳みたいな出だしでしたし。

「シューリヒトなんてヨーロッパでは誰も知らない二流」と本気で思っていたファンも多いでしょう。実際には、レコード雑誌や音楽雑誌が完全に大手マネージメントとレコード会社の宣伝媒体となっていて、その枠に入っていなければどんな実力者も「二流」「ゲテモノ」とされていただけで、当時のヨーロッパで誰がどういう位置付けにいたのか、など何も知らない日本のファンは、雑誌が取り上げ、メジャーレーベルから録音が出ている人だけが「一流」なのだと本気で信じていましたよね。

> 吉田氏がクナを聴いたりしたヨーロッパ滞在中にシューリヒトを聞いたことはなかったのでしょうか?それがあれば、また、文章も変わったと思うのですが、、、

吉田さんが渡欧時にシューリヒトを聴く機会が全くなかったとは信じられないのですが、氏の当時の関心はもっぱら現代音楽の最先端の現場で、巨匠・名人詣では一通りやっていますが、熱心ではありませんでした。日本で知られていないシューリヒトをわざわざ聴きにいく動機がそもそもなかったのかもしれませんね。

> 小澤征爾氏の僕の音楽武者修行に、シューリヒトが出てきますが、純粋な意味でシューリヒトを発見したのは、この文章が最初ではないでしょうか?

たしか以前にこの掲示板で、山根銀二氏のシューリヒト絶賛評が紹介されていたと思います。山根氏は戦前からの楽壇の重鎮ですから、これはもしかすると小澤さんや岩城さんの「神だ、神だ」(笑)より古いものなのでは?
 

Re: 吉田秀和さんの著作から

 投稿者:信一  投稿日:2020年10月17日(土)13時22分18秒
返信・引用
  > No.5190[元記事へ]

thetaさんへのお返事です。

レコ芸の吉田秀和氏の評ですが、最後に”掛け値なし”という言葉が入るところが気になりました。
こう書かれると、世間的には掛け値が入っているように思われてるってとれるので、、、


吉田氏がクナを聴いたりしたヨーロッパ滞在中にシューリヒトを聞いたことはなかったのでしょうか?それがあれば、また、文章も変わったと思うのですが、、、

小澤征爾氏の僕の音楽武者修行に、シューリヒトが出てきますが、純粋な意味でシューリヒトを発見したのは、この文章が最初ではないでしょうか?

宇野氏にしても、吉田氏にしても、thetaさんも感じているように、ヨーロッパでの評判のようなものの影響を受けていると思える節があるので、、、




 

Re: 吉田秀和さんの著作から

 投稿者:theta  投稿日:2020年10月14日(水)12時24分14秒
返信・引用
  > No.5189[元記事へ]

修理人さん

> 吉田秀和氏は、
> 「シューリヒトについてはU野センセイに任せる」
> とかなんとかおっしゃっていたと、なにかで目にしましたが、
> その前に書かれたのでしょうか?

その発言は、90年代にレコ芸の連載でシューリヒトのDENON盤CDを取り上げた時のものですね。よく覚えています。絶賛の内容でしたけど。

「ブルックナー再説」はもっとずっと古い文章で、U野センセイがシューリヒトを世に広めて一般のファンに名前が浸透するよりもかなり前ですね。なので、その時期にシューリヒトの録音を取り上げたのは慧眼なのではないでしょうか。
 

Re: 吉田秀和さんの著作から

 投稿者:修理人  投稿日:2020年10月14日(水)11時08分31秒
返信・引用
  > No.5184[元記事へ]

ALBAさん、thetaさん

久しぶりに新しい書き込み、ありがとうございます。
そうですか、ブルックナーの8番で言及なさっていたのですね。
吉田秀和氏は、
「シューリヒトについてはU野センセイに任せる」
とかなんとかおっしゃっていたと、なにかで目にしましたが、
その前に書かれたのでしょうか?

私も読んでみます。
 

Re: 吉田秀和さんの著作から

 投稿者:ALBA  投稿日:2020年10月13日(火)17時08分4秒
返信・引用
  > No.5185[元記事へ]

thetaさんへのお返事です。

さすが、この掲示板へ書き込む方々は年期が入っていて何でもご存じですね~。吉田秀和全集まで目を通しておられるとは素晴らしいですね。
全然レスがなかったらとの心配は杞憂でした。
 

Re: 吉田秀和さんの著作から

 投稿者:theta  投稿日:2020年10月13日(火)16時32分31秒
返信・引用
  > No.5184[元記事へ]

「ブルックナー再説」は吉田さんの全集で読んだ記憶があります。たしか、ブルックナーの第八の演奏を取り上げたものではなかったでしょうか。
U野センセイ以外にはクナやシューリヒトの名前を持ち出す評論家がほとんどいなかった時代に、ブルックナー第八の代表的演奏として早くもシューリヒトとクナを挙げていた吉田さんは流石というべきでしょうか。時流迎合的な面が結構あった吉田さんですが、物の真贋は外していなかったですね。
「名曲のたのしみ」でブルックナーの第九を取り上げた際にも、推薦レコードとしてシューリヒト&ウィーン・フィルの録音を挙げておられました。言及した数は少ないですが、早くからシューリヒトの価値を認めていたのでしょうね。渡欧の際に実際に聴いていたら、もっと大っぴらに絶賛していたかもしれないのですが。
 

吉田秀和さんの著作から

 投稿者:ALBA  投稿日:2020年10月13日(火)14時09分55秒
返信・引用
   久々の書込です。
 昨今の出版物にシューリヒトの文字を発見することは珍しく、この掲示板でも、数少ないシューリヒトに関する記事についての書込がなされていますが、最近、吉田秀和氏著の「カラヤン」(河出文庫2019年7月20日発行)に、カラヤンとシューリヒト、クナッパーツブッシュとの比較解説を見付けましたので紹介します。
 なお私は、リズムが曖昧で、この曖昧さをごまかすような録音のカラヤンを嫌い、緻密、力感、切れ味、芸の細かさ、逞しさ、そしてこれらを捉えた録音の良さからシューリヒトを好み、シューリヒトと同様の長所を持ち、切れ味に劣るものの深みを感じるクナッパーツブッシュをまた好む者です。したがって、カラヤンを好む前提でシューリヒトやクナッパーツブッシュと比較している吉田氏とは意見の相違もありますが、シューリヒトの音楽を“繊細”、“清冽”、“エレガント”等の類型的な表現とは異なる理解に基づいて解説している点に共感を覚える次第です。
 同書164~183頁の「ブルックナー再説」(初出は1969年レコード芸術11月号)には、
「クナッパーツブッシュやシューリヒトたちの燦然と逞しい音の盛りあがりは、……」、「……シューリヒトである。彼のブルックナーは、一口でいって、剛直雄勁の極みともいうべきものだが、……」、
「特にシューリヒトは、ここでも驚ほど剛直で、不器用という印象さえ与える。」、
「だが、彼は(注:カラヤンを指す)、どちらかといえば、クナッパーツブッシュやシューリヒトのような豪傑、英雄的な芸術家でもなければ、フルトヴェングラーのような精神的な哲学者でもない。」
「またシューリヒトについては、充分書きつくせなかったが、彼の剛直ぶりは第一楽章冒頭から最後まで変わらない。」
といった記述がありました。
 1969年ごろは、ブルックナーがさほどポピュラーではなく、カラヤンと比較する対象も少なく、シューリヒトやクナッパーツブッシュを引き合いに出さざるを得ないといった事情もあろうかと思いますが、吉田氏の解説、特に、シューリヒトの演奏を極めて動的、男性的、なものとして理解した解説に、我が意を得たりという感想を持った次第です。
 

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