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(無題)

 投稿者:サーフィン  投稿日:2019年 5月 9日(木)17時44分54秒
返信・引用
  このCVRは改竄されすべてが作りもの…

本物のふりをした役者による、本物のCVRに則ったお芝居の可能性すらあります。

加えて、1986年10月26日のタイ航空機事故が、「なぜ」の一つの側面を明確にしている。タイ航空機は高知上空で機体後部の圧力隔壁が損壊し、大阪空港に緊急着陸した。その時、機内で何が起きたか。ドーンという爆発音とともに、機内与圧が急激に低下。白い水蒸気のような気体が充満し、乗員、乗客が一瞬で航空性中耳炎になった。だが、123便の場合は急減圧が起きず、白い水蒸気のような気体が生ずることもなかった。つまり、事故調査委員会の「後部圧力隔壁損壊」説は、タイ航空機事故により事実上破綻したと言える。

1985年8月11日には、4便飛び21:40から8時間約10人が徹夜で整備。
毎日新聞記事(1985-8/20)

圧力隔壁破壊も尾翼破壊もすべて作り話で、外部からのリモートコントロールにより後操縦士たちのマニュアル操作を遮断する信号を送り、以後、外部誘導信号を送り続けて機体を御巣鷹山へと飛行させ、この目的地に向けて激突させたのではと推察される。
 
 

(無題)

 投稿者:サーフィン  投稿日:2019年 5月 9日(木)17時43分16秒
返信・引用
  事故現場からのオレンジ色の回収物は、『真実…』(279頁)――事故直後の8月14日、産経新聞記者が墜落場所での取材中、自衛隊ヘリがオレンジ色の残骸を吊り上げている瞬間を写真撮影して本社に送り、スクープ記事にした。この事態は運輸省が知るところとなり、急遽産経新聞に圧力をかけて事態の隠滅を図った。当時の鹿内春雄会長は社員に「事故現場でのオレンジ色の残骸吊り上げ写真報道はなかったものとする」と宣言し、社員に厳重な箝口令を命じた。

機長たちを緊張させ小川の注意を引いた物が小隕石なら、飛行雲や衝撃波が観測されておらねばならない。有人の飛行機ならば、そちらの搭乗者の安否も話題になるだろうし日航機に30分以上の飛行を許さなかったであろう。自衛隊の戦闘機に衝突された「全日空雫石衝突事故」の旅客機の様に、事故機はすぐ墜落していた可能性が高い。現実味のある候補としては無人の飛行物体しか残らない。事故当日に自衛隊が遠州灘で「ファイア・ビー」を使った空対空ミサイルの訓練をしていた。

ボーイング社シアトル市レントン工場で事故機同様状況へセットして、フライト・シュミレーション実験。123便同条件で21分後見事着陸する。

前橋地検の山口悠介検事正は、原告の遺族達に、異例の説明会を開催し、「事故原因をぎりぎりまで追及すれば戦争になる」等と発言をしています。

日航機事故に於ける自衛隊の出動は第83条(災害派遣)に相当する行動だと思われてますが、実際には、自衛隊法による出動要請を長野県、群馬県の両知事は要請して無いにも関わらず自衛隊の判断で、緊急派遣出動し、報道機関を統制迄してます。

自衛隊は、独自の判断で自由に行動がとれず、例を上げるなら、阪神淡路大震災のときは、兵庫県知事からの災害派遣要請が遅れ自衛隊の出動も遅れた事が問題に。御嶽山噴火時の時、防衛省のホームページには「平成26年9月27日(土)、御嶽山で噴火が発生、同日14時31分、長野県知事から陸上自衛隊第13普通科連隊長に対し、人命救助に係る災害派遣要請があった」と記されている。何時、誰から、何処へ、どんな、災害派遣要請が在ったのかが克明に記述されている。

御巣鷹の墜落現場に、自衛隊の核・生物・化学兵器(NBC)部隊が、出動。

陸上自衛隊のNBC兵器防護部門は、「埼玉県・大宮に設置されている化学学校と、化学学校隷下の実働部隊である第101化学防護隊(当時)で「化学防護車の検知機器はヘリに積んで、地上の放射能を測ると言う事も可能。1985年日航ジャンボ機墜落事件の際には、御巣鷹山に飛散した積荷の医療用アイソトープの捜索にも駆り出された」(別冊宝島編集部編『自衛隊の実力』158頁)

日航機事故の場合、全てが不明。

墜落したのは民間機で事故現場の保存・検証は警察の仕事に為ります。自衛隊は、警察の指揮下で「御手伝い」「力仕事専門」に徹さなければなら無い筈。然し実際には警察が自衛隊の指揮下に。又、取材ヘリコントロールは運輸省航空局の仕事の筈。山間とは言っても取材ヘリは空に居るのだから、航空無線の周波数帯域なら出力1Wのハンディ機でも充分に管制できる。安全を期すなら5W程度のハンディに外部アンテナ(片手で持てる)を付ければいい。オペレーターは航空局職員が出張して行なうべき。百歩譲っても警察の役目。

それを全部自衛隊が行なった。取材ヘリは122.6MHzで現場上空を飛ぶ自衛隊のYS-11「トライア60」にコンタクトし、その「統制」に従い、123.1MHzで仮設ヘリポートの(自衛隊)管制官とコンタクト、着陸手順を指示され、まるで戦時体制。

取材各社は此の措置、自衛隊に依る「統制」に強く反発。抗議すると、流石の自衛隊も「統制」の法的根拠が無いものだから「統制」とは「お願い」の事です、と言う苦しい言い訳。いずれにしても最後迄「自衛隊による統制」は空中・地上を問わずに続いた。

日航123便御巣鷹山墜落事故は、軍事的な作戦で、日本国憲法の法律では裁けません。

殺人事件の時効15年目に継ぎ接ぎだらけで、音声圧縮や、伸張し雑音を入れたボイスレコーダーを公表してます。
 

(無題)

 投稿者:サーフィン  投稿日:2019年 5月 9日(木)17時42分7秒
返信・引用
  日航123便の残骸に就いて

1985年9月20日号の週間ポスト。 「この金属片には白い塗装と赤がかったオレンジ色の塗装が地上を引き擦った様に付いている。

然して不思議な事に、これには1箇所に集められた日航機の他の残骸と違い、機体の位置を示す荷札も付いていない。

当初は後部胴体の外板の一部かもしれないと思ったが、日航機はオレンジ色を使用していないという。」】

※航空評論家の関川栄一郎氏は、テレビで「『無人標的機』が、ぶつかったのではないか」と発言。

「オレンジ色の物体」については、当時、吉原公一郎氏が、独自に入手したビデオで、事故現場に「オレンジ色の金属片があった」とし、機体には全く用いられていない物だとし、「自衛隊ののミサイル実験のための無人標的機が衝突した可能性」を指摘した。

日本航空が開設した「安全啓発センター」には事故現場からの回収物などが展示されていて、その中で「四十」と表示された大きく細長い残骸が赤みの強いオレンジ色なのだ。事故機の機体は白が基調で他は赤と濃紺である。ブラック・ボックスは色こそ似ているけれど形が違う。注意を喚起するオレンジ色で塗装された物体が日本の領空を飛んでいてもそれ自体は異常でない。自衛隊の無人ジェット標的機もこれに含まれる。小型種はまさに円筒に近い形をしている。全長が約7mの「ファイア・ビー」は、農薬散布用の小型機よりも小さくて翼がとても短い。

角田 四郎氏はJAL123便が行方不明になった事が分かった時、家族の受付けカウンターのあった羽田東急ホテルに行く。その時、乗客・乗員の 家族から質問責めにあっていた日本航空の町田 直 副社長がいたのですが。

家族の質問は執拗で、かなり激しかったので、相当感情的になって、次のようなとんでもない事をいったというのです。

うちの機は、北朝鮮のミサイルに撃ち落とされたんだ。今はそれしかわからん!!

角田 四郎著『疑惑/JAL123便墜落事故』411頁414頁「金属片」の一節。

私は8月18日の現場登山の帰り道、偶然一片のアルミ合金製と思える金属片を拾って仕舞った事を前にも述べた。

其の金属片を米軍の友人に何の説明もせず(日航機事故の件も伝えず)見せた。

彼は航空機の整備を担当している。

彼の答えは。私のど肝を抜いた。「多分」と疑問視をつけて慎重に、しかしはっきりとこう言った。
「ミサイル」(This is missile.)

「まさか !」(Not really !)
「多分、ミサイル」(Maybe, missile.)

思えば私にとってこの事故に接してから、この言葉は初めて耳にする言葉ではなかった。

此の写真を国際軍事評論家のB氏に御見せして所感を尋ねたところ、B氏は一見して即座にこう答えました。
「あ、ミサイルですね」

また、そう判断した理由については以下のような回答を得ました。

まず金属(ジュラルミン=アルミ合金)の厚さが薄く、強度をそれほど必要としないミサイルの側面に、使用されるものと同タイプで有る。

断片の大きさ、変形状態、燃焼した跡はまさに爆破後のミサイル側面の形状そのものであると。

TV 山の上で・・記者「今、自衛隊(自衛隊曹官)が、整備団(日航整備員の先着部隊。日航整備員偽装)

に何かを話しかけています。ちょつと聞いてみましょう」「なにやら妙な事を話しています。整備団が、墜落現場から、何かを運び出そうとしていますが、飛行機の残骸ではなくて、ロケットの残骸みたいの様です」自衛隊指揮官「これは、飛行機ではなさそうだ。どうもロケットのみたいだな」「証拠隠滅の現行犯」として逮捕連行されました。
 

(無題)

 投稿者:サーフィン  投稿日:2019年 5月 9日(木)17時39分42秒
返信・引用
  JAL 123便は追従せず、B707は、足早に目的地の上空に向かいます。

午後6時15分から20分の間に鶴のマークが入った飛行機が小座山上空100ー200mを群馬県上野村に向かって飛んでいる。

*米軍JAL擬装B707(RCー135)
北相木村南栗生 栗原孝雄氏(52)

長野県内 北相木村 鶴マークを偽装の飛行機で、御座山上空から群馬県上野村へ

18:25茨城県百里基地離陸18:40 群馬県吾妻郡東村 (東吾妻町)ジェット戦闘機2機が合流へ南下。(目撃証言)

北方から合流したジェット戦闘機を従え南方より来た大型機(鶴丸マーク付き)は長野県 北相木村 御座山上空を飛行して行きます。

長野県警は、長野県北相木村の臼田営林署職員の目撃情報として、「尾翼に鶴のマークのついた飛行機が長野県から群馬県上野村へ向かって飛んでいった」と発表。

「夕方、6時45分頃南の方からジエット機2機ともう1機大きい飛行機が飛んで来たから、慌てて外へ出て見た。そうしたら神社(乙父神社)のある山の上を何周も回っていた。(中略)それからまた見ていたら、ジエット機2機は、埼玉県の方へ行って仕舞いました」【日航機墜落事故についての文集。「小さな目は見た」(上野村立上野小学校)から】

追従したジェット戦闘機の2機は空自百里F-4EJファントム戦闘機2機-第305飛行隊。
(三菱重工業ライセンス生産)

時間帯が違い先行して上野村で、周回待機して居た機体です。123便の目撃情報を撹乱し、遠隔操縦された123便(JA8119号機)を三国山の北、諏訪山の更に北側で待ち構えて居りました。

漸く来たJAL123便の後方から合流。高天原山を同じルートで飛び、123便のトランスポンダーをリモートコントロールでoff、レーダーから機影消失させます。

このタイミングで、Cー130輸送機は西へ。B707は東へ。航空実験団のF4ーEJは、レーダー上に機体を映らせ、JAL123便墜落現場から北上し18:57にレーダーから消失させて居ります。

日航123便が東京管制部のレーダー上から再度姿を消したのは18:57で、羽田から方位308度(北を0度、時計回りに表示。西北西)60海里(約110Km)付近、高度9700フィート、速度300ノット(556Km/h)と発表。此の位置は墜落直前の位置で、実際の墜落地点の約7Km北北東に当たる。

57分に横田(RAPCON) が「貴機は横田の北西35マイル (65km) 地点におり、横田基地に最優先で着陸出来る」と呼び掛けさせてます。
 

(無題)

 投稿者:サーフィン  投稿日:2019年 5月 9日(木)17時38分29秒
返信・引用
  客室内が、外気の通々な状況。空中で、裏返しの逆の字形で、真二つに裂けて、割れて垂直落下。落下し木に引っ掛かる御遺体も。

後方だけ飛行中の角度(40°)を維持して真逆様でスゲノ沢の斜面に生えた樹木を薙ぎ倒しクッションになり軟着陸します。

CVRに残る比較的長い周期のヒューヒュー音とは

CVRに比較的長い繰り返し周期で空気が流れるような風を切るような音が残っている。

18:55以降、客室内が外気の流入が有る状況下で、低速無人標的機がぶっかり爆発。 裏返しの逆の字形で、真二つに裂けて割れて垂直落下。

飯塚 訓氏著『墜落遺体』109ページに遺体の惨状記載。

頭部のない、背広を着た上半身のみの遺体。首のあたりに纏って居る皮を、医師と警察官が引っ張りながら伸ばしていくと、男性の顔であった。

この男性の乗客はシートベルトをしていた筈ですが、下半身が無くなり、然して頭部が無くなっているのは、客室の下で上方向に作用した大きな爆発があって、その爆発の影響を直接受けたので、下半身が消滅して仕舞い、更に、一瞬の事ですが、床ごと天井に叩き付けられたので、頭部が首の辺りに減り込んで仕舞った。分析すると遺体の惨状がどうして出来たのかが理解出来る。

尚、火災の影響で下半身が消滅したと言うのならば、この方の背広は燃えて仕舞って残って無い筈です。

一方で機体後方部の客室の床は、爆心付近の客室の床が押し上げられた反動で、逆に客室の下の機械室の付近の領域に落ち込んだと思われます。

北緯35度59分54秒。
東経138度41分49秒。

横田タカン302度36マイル。
入間タカン291度36、3マイル。

群馬県多野郡上野村大字楢原字本谷3577番地国有林76林班内。

墜落現場付近東大地震研究所に微小地震 3波有り

18:56:50…1秒で減衰
18:56:53…1秒で減衰

18:56:55…10秒近く尾を引く

*後に事故調査委員会の墜落時刻に合わせます。

フライトレコーダー第4エンジン出力0% 唐松より500m45度以上傾斜右翼の先でレ字形を尾根に残して進入方向へ木をなぎ倒す。
機体後方接触し18:56:47圧力隔壁破壊音

圧力隔壁が客室内から外側に向かって折れ曲がっている事などが、急減圧とそれに伴う激しい空気の流れを示しているとの事ですが、これについては、御巣鷹の尾根に墜落した時に生じたものとも考えられます。なぜ垂直尾翼破壊時に生じたものであると断定するか、その根拠がいまひとつよく分かりません。それよりも図に示した様に、航空安全推進連絡会議が記録した、垂直尾翼頭頂部の破壊状況のスケッチが、内側からの圧力でなく、まるで機外から力が加わっている様に見える点を正しく説明すべきかと思います。

18:56:50記録終了 。

米軍のB707(RC-135)は、JAL123を誘導先行した。

JAL747ジャンボ擬装機(B707)の左腹部に「赤い色をした何か」が見えた。これが18時30分頃の証言であるという。この女性は帰宅後に日航機123便が行方不明という臨時ニュースに遭遇したが、自分が目撃した超低空飛行をするジャンボ機には2機のファントム機がぴったりと追尾していたので、自分の目撃したものが123便であるとは当初、気づかなかったという。「赤色の楕円、または円筒形のものが飛行機に付着しているように見えた」という、非常に奇妙な証言。(静岡県藤枝市内で超低空飛行をする擬装ジャンボ機便を目撃した女性)
 

(無題)

 投稿者:サーフィン  投稿日:2019年 5月 9日(木)17時36分14秒
返信・引用
  午後七時少し前、蚕にくわをくれていたら雷のようなおとがしました。ぼくの家の下の人は、真っ赤な飛行機を見たといいました。ぼくはその時、どうして飛行機がこんな方に飛んできたのかと思いました。それも、真っ赤な飛行機。ぼくはその時、いやなことがおこらなければよいと思いました。Y.K

上野村立上野小学校。日航機墜落事故について編纂 「文集 小さな目は見た」

群馬県野栗沢地区の方向から飛んできたと思われる赤いプロペラのついた物体に衝突されまるで核爆発が起こる際の臨界に至る時の様な音がし、白や赤の光を発しキノコ雲が上がる。

山の向こう側に真っ赤なキノコ雲が立ち上がった。それは数秒で消えて2つ目のキノコ雲が現れた」川上村加藤隆志君の証言が9月7日付、毎日新聞朝刊。

三国山の向こう側の群馬県側に東京方面から低空で飛んできた飛行機が右旋回し乍ら真っ逆様に落ちて行くのが見えた。山並みに機体が消えたと思ったら、2、3秒して雲が真っ赤に染まり5、6秒して原子雲のような真っ黒な煙が上った。(川上村消防団林岩氏)

『飛行機は南から北に向かって飛んでおり、左を下げるように旋回しながら三国山の向こう側に消えた。その途端、「ドーン」という大きな音がして、空が真っ赤になり、原爆のようなキノコ雲があがった』
「日航ジャンボ機墜落 朝日新聞の24時」

長野県川上村からの情報によると、三国山の陰に隠れた後、ガクンと墜落していったという情報があるものの、赤いプロペラのついた飛行物体は目撃されていないという事は、長野県側から見ると死角の方角からJAL123便に衝突したのではないかと考えられます。

「日本航空123便墜落事故を検証する」から

墜落寸前に主翼が、レの字に尾根の木を薙ぎ倒し、墜落地点に向けてダイブ(背面飛行・上昇角45°)しスゲノ沢第4支流に差し掛かった際、低速標的機が、北東からぶつかり爆発、水平尾翼が500m先の北北東に迄、吹き飛ばされてます。

45度位の角度で落ちた。真っ赤な爆発、黒い煙があがった「日航ジャンボ機墜落」

「全くの急降下です」
「真っ逆様です」
「髪の毛が逆立つ位の感じです」
「頭の両脇の髪が後ろに引っ張られる感じ」 生存者 落合 由美氏
 

(無題)

 投稿者:サーフィン  投稿日:2019年 5月 9日(木)17時35分2秒
返信・引用
  T氏親子の証言(続き)

余りにも低い所を飛んで居るし、後から他の飛行機が飛んで来るものだから、航空ショーでもやっているのかと思いました。

ジャンボ機の周りから赤い花火の様な物が、幾つもバラバラと降って来る様に見えましたよ。私は其れを花火だと思った事も有って、きっと航空ショーか其の予行演習でもやっているのだと思ったのです。其の日、自宅に戻ってから123便の事故の話を聞いて、ビックリしたものです。

長野県内 川上村 飛行中に炎上 赤い炎を上げた飛行機が、黒い煙を残して山中へ消えた  (最初の110番通報)
       墜落後に炎上

群馬県に飛行機が落ちた
   (2件目の110番通報)

クルーは機体を不時着させる為、的確な操縦に全力を傾けて来たが...遂にその時が。


18:56:29 頑張れ 頑張れ(CAP)
18:56:30 今 コントロールが一杯です(COP)  マックパワー(F/E)

標高3,000mの辺りから標高1,500mの地点までリモートコントロールで、スピード共々引き下げられて。このタイミングで前から第3エンジンに不発弾撃ち込まれ ? 右側エンジン全停止で急角度の旋回する ?

18:56:31 スピードが下がってます。スピードが(COP)
18:56:34 下がってるぞ(CAP)  はい(COP)
あったま上げろ 上げろ(CAP)

「真っ逆様に落ちて行きます。窓の外の景色がどんどん変わりました。機体は何回かガクンと方向を下げて行きます」
       (変則的旋回を示唆)
生存者の吉崎 博子氏

「上空700~800m付近を飛行機が旋回しながらゆっくりと降下」

松本 圭一氏遺書
PM 6:30
知子 哲也(両親) を頼む
圭一
突然 ドカンといってマスクがおりた①
ドカンといて② 降下はじめる③
しっかり生きろ
哲也立派になれ

変則的降下を始めた際にも何とか遺書を書く事が出来てます。

①18:25
②18:55
③18:56


リモートコントロールで操縦されクルーも為す術は無く…18:56:50に右に傾いていた機体が右翼を一本唐松【標高1,530m地点。樹齢202年。地表から14mの高さ鋭利刃物切断した様に直径30cmの太さの枝が折れる。】に引っ掛け第4エンジンは落下(フライトレコーダーではこの時、第4エンジン出力0%)る。その直後、右の翼が地面を25メートルに渡ってえぐってダイブする。

機首30° 速度125ノット (230Km/h) 垂直加速度 1.8G記録終了。

ダイブした直後...

或る高齢の主婦と息子らしき人が畑前の家の外で、TVのインタビューに応じた。
農家主婦:『赤いプロペラのついた物体が、畑の上を飛んで行きそれがJAL123便にあたって、飛行機が爆発した』

インタビュアの否定的な反応に、息子が主婦に注意して取り消させ、家の中に入ってしまいます。

JAL123便の最終段階で、目撃されたJAL123便に接近する、「赤いプロペラの付いた飛行物体」と言うのは

プロペラ機の低速標的機RCAT

全長3.8m、 幅4.03m、 高0.79m。 重量162kg 航続時間約90分、母艦艇からジャトーにより発射され、UHF、FM方式の電波でリモートコントロールされて飛行するプロペラ機。

エンジンは2サイクルの水平対向4気筒で相当にうるさい筈です。気が付かぬ訳も無く

『赤いプロペラのついた物体が、畑の上を飛んで行きそれがJAL123便にあたって、飛行機が爆発した』

JAL123便の右斜め後ろやや下方から飛んできた赤いプロペラの付いた飛行物体...

八月十二日よる、おかあさんがいないので、どうしたのかなとおもってそとにでてみると、したのおじさんたちと、どうろにでてなにかはなしていました。したのおじさんが、「あかくひかっているものがとんでいるよ。」と、いったので、わたしもみました。山にかくれたり、でたりしていました。「きみがわるいね。」と、みんなではなしました。R.K
 

(無題)

 投稿者:サーフィン  投稿日:2019年 5月 9日(木)17時33分52秒
返信・引用
  北方から合流したジェット戦闘機を従え南方より来た大型機(鶴丸マーク付き)は長野県 北相木村 御座山上空を飛行して行きます。

18:45 群馬県上野村上空(乙父)に達します。


上野村の待機予定の上空に進入し大型機(実際にはRC-135設備を搭載したB707)並走任務を完了したジェット戦闘機の2機(空自百里F4EJファントム戦闘機2機-第305飛行隊)は埼玉県の方に急速離脱し入間基地に着陸。

19:01再発進命令で出動。(公式記録では百里基地離陸)

123便は遠隔操縦管理で有りファントム2機が並走飛行状態に為る必要は有り得ません。F-4ファントムⅡ戦闘機(1985年1月から8月航空自衛隊の岐阜航空実験団F-4EJ性能向上型)も18:33静岡県東名焼津インター付近から北上、123便追跡して行きます(目撃証言)

18:57にレーダーから消えた機体は先行し低空飛行して墜落後に墜落現場の情報を撹乱させる機体でも有った。

一部関係者は低空飛行をし続けている事を願い、JAL、東京航空交通管制部、横田基地管制などが123便に対して呼び出しを続けていた。社内専用無線では同僚達からクルーへの励ましの言葉も伝えられたと言われている。

一方、米軍の大型機(実際にはRC-135設備を搭載したB707)は、18:56には、高天原山を越えて群馬県に入ったJAL123便の後方に回り込んだ、米軍B707(RC-135)が、(1)ミサイル本体、(2)発射母機(3)地上管制を含めたミサイル要撃システム機体に為ります。

T氏親子は、事故当日の同時刻、合宿に来ていた群馬県上野村の民宿から車で引き上げる最中に…「飛んでいるのを目撃しましたよ。

目の前の山の上の低いところを横切って飛んで行きました」「飛び去ったすぐ後、ヘリコプターーとかいろんな飛行機が追いかけるようにそこを飛んで行ったのを覚えています」と「そばにいた人が「鶴のマークだ!」と叫んでいた」と証言。


18:56:02 「リクエスト ポジション」
高度 9700フィート (2956m)
速度 300ノット (556Km/h)

東京ACC (運輸省航空交通管制部)のレーダー画面から消失。

*沢山の軍用機(米Cー130H輸送機、 米B707、 自ECー1、 自Vー107、 自F4ーEJ等 )に追尾されてる事態を連絡を受けてリクエスト、追跡機(要撃機)の存在を示しましたが、トランスポンダーをリモートコントロールで、切られて仕舞ってます。

*追跡機は分散し、其の中で米Cー130H輸送機は、西へ変針します。

東京 AAC 「60マイル 羽田の北西」

10000フィート(3048m。山並みは1500m相当の高度、標高3000m相当)を目標に上昇して行きます。

18:56:04  スピードが出てます。スピードが  (COP.F/E)
18:56:07 ドーンといこうや
(CAP)
 

(無題)

 投稿者:サーフィン  投稿日:2019年 5月 9日(木)17時32分40秒
返信・引用
  この時、108kt (200Km/h) 機首 39°
失速警報「カタカタ」 と8秒鳴り響く。


「大きな飛行機が斜面を這うように飛んでいった」、「その後に、また別の飛行機が飛んで来た」。「そうだね、四角っぽい形で、羽根がなかった様な…」。現場近くの山中に住むおばあさんへのTVインタビュー

JAL123便(機体番号JA8119)の急降下や、一寸置いた高天原山の斜面を這う様に飛ぶ有様は、生存者の証言からも確かです。

生存者の吉崎博子氏「ジエットコースターにでも、乗っている様な感じ」と体感を語ってます

19時05分「18時55分頃、埼玉県方面から飛んできたセスナ機より大きな飛行機が、大きく旋回しながら、南相木村(長野県)と、群馬県との県境付近に落ちたらしく、赤い閃光がして、その後、黒い煙が上がった」長野県川上村梓山の農婦中嶋 初女氏110番通報(臼田署)

高天原山(1978.6m)の東を越えて(群馬県側に)飛んで行った。
梓山地区住民目撃情報

墜落現場の山はスゲノ沢が有り本来はスゲノ山と呼ばれるべき…御巣鷹の尾根
とは、御巣鷹山作戦の尾根の略か ?

            御巣鷹山作戦

前哨隊

ファイアービー(リモートコントロール)は、新島支所かまつゆきから発射。ASM-1発展型の沿岸防衛用国産巡航ミサイルSSM-1】に開発中の頭脳を搭載してテスト評価。ステルス性能評価。


誘導隊  (偽装鶴丸マーク付き)

誘導先行機体【米軍B707外装の軍用版RC-135(上野村の「慰霊の園」の展示室のエンジン回収中写真参照】

始めは1964年に電子偵察機として改修されたが、その後信号収集機能や弾道ミサイル情報収集、弾道ミサイル実験の光学・電磁情報収集等の情報諜報機能を追加改修で装備し、同じ型式から他のそれぞれ違う形式に改修されたり、偵察機から輸送機や空中給油機への改修やその逆もあり、此等、改修によって型番が複雑になっている。ファルコンミサイルの発射実験をモニターしていたと考えられます。米軍は、民間機、軍用機を問わずコックピットと管制塔との交信全てを傍受するシステムを敷いて居る)

追従したジェット戦闘機の2機(空自百里F-4EJファントム戦闘機2機-第305飛行隊)

要撃本体
JAL123 (JA8119)

後方支援。

JAL123便後方のF-4ファントムⅡ戦闘機2機(1985年1月から8月航空自衛隊の岐阜航空実験団F-4EJ性能向上型)

本隊。

C-1(EC-1)

川崎重工業製のC-1を電子戦用改良(量産21号機)所属は岐阜の航空実験団(航空機及び搭載装備品、支援機器、電子機器、兵装等の試験・評価と、此等の基礎的な運用、研究、開発。

米軍C-130

遠隔操縦・ファイアービー・ミサイル成果等の評価。

後詰。

統制機
陸自機体群
特殊部隊

生存者零目標。現場、垂直尾翼切断搬送 海上保安庁引き渡し。

JAL123撃墜ミサイルモニターしたB707(RC-135)の不時着機破壊(証拠隠滅)と残骸処分。

誘導隊の航路

18:25茨城県百里基地離陸18:40 群馬県吾妻郡東村 (東吾妻町)ジェット戦闘機2機が合流へ南下。(目撃証言)
 

(無題)

 投稿者:サーフィン  投稿日:2019年 5月 9日(木)17時31分12秒
返信・引用
  18:55:18 リクエスト ポジション (CAP)
はい とります(F/E)
ノースウェスト オブ ハネダ(F/E)
ええ ?(F/E)

18:55:25 ずっと前からレーダーに映って いるそうです… (F/E)

ACCから後続機が来て居ると伝達されます。

18:55:28「ウワー」クルー3人絶叫(朝日新聞、1985年8月30日)機体中央部に命中。

18:55:33 第4エンジン命中し木端微塵な程に破壊。

*左側端から第1エンジンで右端が第4エンジン。

上野村の民宿に泊まっていた東京の会社員も「神流川上流の山あいがピカピカ(ミサイル弾がJAL123便に命中した時の閃光。ミサイルが空中で爆発するときは、ミサイルに装填されている火薬が一挙に爆発する為に、空気中の分子と猛烈に衝突を起こす。その際に空気と摩擦を起こし、丁度稲妻に似た放電現象が起きます。其れが、ピカピカと目撃された閃光と考えられます)と二度光った」と証言。

JAL123便の最後の様子は、地上からかなり多くの目撃情報がある。墜落事故の翌日、8月13日の埼玉新聞の見出しは、「夕闇に“火の玉”」とある。埼玉県浦和市に住む住民と長野県の川上村住民は次の様に言っている。

「マンションのベランダから西空を眺めていた処、突然雲の透き間から太陽が射す様なオレンジ色の閃光を見た。双眼鏡で覗くと両側から青、真ん中から赤い光を発した大型機が北の方に消えた」と埼玉県浦和市吉岡功治氏。8月13日朝日新聞朝刊。

乗客遺品カメラ9枚目から、オレンジ色が続く。
故小川 哲氏のカメラ撮影10枚目「画像に光のようなものが、走り被写体が不明」
(朝日新聞1990年10/14付朝刊)

「この直後2、3回急激な上下動をしたかと思うと」(生存者吉崎 博子氏証言)

*前後方向加速度0.25G前向き外力60tはこの時)

生存者証言=体が大きく揺さぶられるのを感じました。船の揺れなどと言うものではありません。ものすごい揺れです。しかし、上下の振動は、ありませんでした。落合 由美氏

後者の証言は、前後方向加速度・前向き外力と一致する。

「胴体から煙を噴きながら超低空で東北方角へ飛行」南相木村栗生主婦。

「川上村の人達は、飛行機は北東の方へ炎をあげて飛んで行ったと話している」北相木村菊池村長。

パワー コントロールはいいですか?
パワーコントロールはキャプテン?(F/E)
はい(CAP)

リモートコントロールとパワーコントロールされ始めた機体に高天原山が目前に迫ります。

18:55:49 失速警報 カタカタ始まる
18:55:50 「もう駄目だー」 (CAP)
墜落1分前、日航機の操縦室 機長  音声記録の未公開部分 (朝日)
18:55:51 「機首上げろ」 (CAP)
悲痛 最後の1分 機長絶叫 (毎日)
18:55:52 ストールするぞー(CAP)
18:55:53 マックパワー マックパワー(COP.F/E)

18:55:57 失速警報 カタカタ停止

「もうぶっかると思ったが、機首をグッと持ち上げて山の斜面(高天原/神立山)を這う様に上昇して行った。機首の上部が後ろから見える程の急角度のままやっと尾根を超えた」  (川上村梓山の実家畑で神奈川県在住石川哲氏)
 

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