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モントルー音楽祭(1955.9.14)

 投稿者:修理人  投稿日:2016年 2月13日(土)14時13分20秒
返信・引用 編集済
  みなさま こんにちは。
以下のサイトの下の方に、シューリヒト指揮によるベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」(フランス国立放送Orch.)の実況録音へのリンクがあります。
(インデックスサイト http://www.rene-gagnaux.ch/schuricht_carl/index.html
には、他にもいろいろあります。)

http://renegagnaux.ch/721631/788875.html

 
 

ホームページ移動のお知らせ

 投稿者:修理人  投稿日:2016年 1月10日(日)16時32分39秒
返信・引用 編集済
  みなさま

新年早々、お騒がせします。
20年近くお世話になってきた無料サーバー(フリーチケットシアター)が、本年3月末をもってサービスを停止することになりました。それに伴い、シューリヒトホームページもやむなく引っ越しすることになりましたのでお知らせします。
新しいURLは、なんとカールシューリヒト・ドットコムですよ。(^o^)

http://carlschuricht.com/Schuricht.htm

 

Re: 1930年のインタビュー

 投稿者:修理人  投稿日:2015年 9月27日(日)23時06分36秒
返信・引用
  > No.3715[元記事へ]

信一さん

こんばんは。

> > 演奏会のライブではなく、放送局での録音でしょうか。
> 1930年代に一回録音して後日放送というのは限られた場合だけではないでしょうか?
> ほとんど生中継だったと思います。
だとすると、Chauvy氏の記録に入っていない演奏会なのでしょうか?

> 1939年の記事に、客演指揮者シューリヒトに苦難の青年期が、、というのがありました。
> ほぼ、ヨーロッパの音楽家に書かれていた内容と同じなのですが、新しい発見もあります。確実なところを紹介しますね。
> http://www.delpher.nl/nl/kranten/view?coll=ddd&identifier=ddd%3A010989860%3Ampeg21%3Aa0118

グーグルさんに翻訳してもらいましたが、全然わかりませんでした。(笑)
 

Re: 1930年のインタビュー

 投稿者:信一  投稿日:2015年 9月24日(木)06時58分45秒
返信・引用
  > No.3714[元記事へ]

修理人さん
> 演奏会のライブではなく、放送局での録音でしょうか。
1930年代に一回録音して後日放送というのは限られた場合だけではないでしょうか?
ほとんど生中継だったと思います。

> 収録の日付などが分からないと、演奏記録に入れられませんね。(^_^;
別枠に記録して行ったらどうでしょう

いまのところ、若い頃は合唱付きの曲ばかりやっていた印象がありますが、この記録をみるとどうもそうではないようです。
1939年の記事に、客演指揮者シューリヒトに苦難の青年期が、、というのがありました。
ほぼ、ヨーロッパの音楽家に書かれていた内容と同じなのですが、新しい発見もあります。確実なところを紹介しますね。
http://www.delpher.nl/nl/kranten/view?coll=ddd&identifier=ddd%3A010989860%3Ampeg21%3Aa0118
 

Re: 1930年のインタビュー

 投稿者:修理人  投稿日:2015年 9月23日(水)11時15分0秒
返信・引用 編集済
  > No.3713[元記事へ]

信一さん

どおも。

> 修理人さんのHPでこのサイトを知ったのですが、ラジオプログラムだけでも凄いNEWSが手にはいります。
>
> 1936年の3月のラジオプログラム
> BERLIJN (356) Partita, Ernst Pepping. Muslk voor 7 strijk? Instrumenten. Stephan. ls?e Symphonie c moll. Bruckner <dlr|gént Carl Schuricht).
> ブルックナーの第1交響曲を演奏している!!!
演奏会のライブではなく、放送局での録音でしょうか。
収録の日付などが分からないと、演奏記録に入れられませんね。(^_^;

> 1955年年にコンセルトヘボウとベートーベンチクルス!!!、レオノーレ序曲第2と4番が放送されています。物持ちのよいオランダ放送ですから、必ず音源があるはず!!!
> 戦後のコンセルトヘボウとの共演が確認されていなかったので、本当にこれは驚きです。
これも放送録音でしょうね。日付が、、。

> ドイツ語と似ていることとグーグル翻訳を利用しています。全訳したいところですが、誤訳のおそれがあるので、雰囲気だけで勘弁してください。
いえいえ、それだけでも大助かりです。
 

Re: 1930年のインタビュー

 投稿者:信一  投稿日:2015年 9月23日(水)08時10分35秒
返信・引用
  > No.3712[元記事へ]

修理人さん

修理人さんのHPでこのサイトを知ったのですが、ラジオプログラムだけでも凄いNEWSが手にはいります。

1936年の3月のラジオプログラム
BERLIJN (356) Partita, Ernst Pepping. Muslk voor 7 strijk? Instrumenten. Stephan. ls?e Symphonie c moll. Bruckner <dlr|gént Carl Schuricht).
ブルックナーの第1交響曲を演奏している!!!

1955年年にコンセルトヘボウとベートーベンチクルス!!!、レオノーレ序曲第2と4番が放送されています。物持ちのよいオランダ放送ですから、必ず音源があるはず!!!
戦後のコンセルトヘボウとの共演が確認されていなかったので、本当にこれは驚きです。

オランダ語
ドイツ語と似ていることとグーグル翻訳を利用しています。全訳したいところですが、誤訳のおそれがあるので、雰囲気だけで勘弁してください。
 

Re: 1930年のインタビュー

 投稿者:修理人  投稿日:2015年 9月22日(火)18時50分51秒
返信・引用
  > No.3711[元記事へ]

信一さん

こんばんは。
新しい資料をありがとうございます。
オランダ語が理解できるとは、すごいですね。

> 1930年のインタビューを見つけました。
> そこで、ウルトラフォンへのベルリン・フィルと録音は90名のフルオーケストラだったことや、その出来栄えに満足していること。放送や録音に教育的価値を認めていることなどが語られています。
> 放送オーケストラとの関係を長く持ったのには、放送という媒体が音楽の理解を深めるのに有益だと認識していたからですね。それと面白いのは蓄音機レベルの録音技術でも価値を認めていた点で、自分の芸術が拙い音で伝えられるというデミリットより教育的価値を優先しているところに、シューリヒトらしさがあります。もうこの時点で、出世主義なんかこれっぽっちもなかったんですね。
 

1930年のインタビュー

 投稿者:信一  投稿日:2015年 9月22日(火)10時42分46秒
返信・引用
  1930年のインタビューを見つけました。
そこで、ウルトラフォンへのベルリン・フィルと録音は90名のフルオーケストラだったことや、その出来栄えに満足していること。放送や録音に教育的価値を認めていることなどが語られています。
http://www.delpher.nl/nl/kranten/view?coll=ddd&identifier=ddd%3A010279524%3Ampeg21%3Aa0248
放送オーケストラとの関係を長く持ったのには、放送という媒体が音楽の理解を深めるのに有益だと認識していたからですね。それと面白いのは蓄音機レベルの録音技術でも価値を認めていた点で、自分の芸術が拙い音で伝えられるというデミリットより教育的価値を優先しているところに、シューリヒトらしさがあります。もうこの時点で、出世主義なんかこれっぽっちもなかったんですね。
 

Re: (無題)

 投稿者:修理人  投稿日:2015年 9月 7日(月)00時16分22秒
返信・引用
  > No.3707[元記事へ]

信一さん

こんばんは。

> この写真で思い出したのですが、夫人が日本から送られてきた手紙を見せてくれました。そこにnobleという表現があって、それを指さしながら、まぁnoble(貴族的)ですって!!と、、まるで違うわ、、という感じでした。
> シューリヒトは機知にとんだ冗談を楽しんだり、気さくな人柄だったのでしょうね。
文章では、シューリヒト氏の人柄についてエピソードなどを読んで知っていましたが、
そういう雰囲気が伝わる写真を見たのは初めてかもしれません。
 

(無題)

 投稿者:信一  投稿日:2015年 9月 6日(日)09時44分40秒
返信・引用
  この写真で思い出したのですが、夫人が日本から送られてきた手紙を見せてくれました。そこにnobleという表現があって、それを指さしながら、まぁnoble(貴族的)ですって!!と、、まるで違うわ、、という感じでした。
シューリヒトは機知にとんだ冗談を楽しんだり、気さくな人柄だったのでしょうね。でも、そのことが晩年まで周りが偉人と気づかなかった原因だったのかもしれません。近寄りがたい雰囲気、、こういうのが権威には一番ですから、、、
 

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