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>Pola さん
もうだいぶ時間が経ってしまいましたので、 Pola さんがこのページを
ご覧になることはないかもしれませんが...。 もうご質問にはお答えしてい
ますが、ちょっと気付いたことを付けくわえます。
Pola> 1990年の民主主義政権成立後に、
人それぞれに、政治や思想的な考え方や立場の違いがありますが、私自
身は 1989〜90 年に起こったことを「民主化」と呼ぶことには違和感があり
ます。理由は、「民主化」という表現は価値判断を含んでいるからです。私
自身は、客観的な「体制転換」とか「政権交代」という表現を使います。
1990年の総選挙で、MDFを中心とした政権が誕生しましたが、この政
権は非常に復古主義的・権威主義的・国粋主義的で、果して、それまでの社
会党政権と(特に、ハンガリー社会労働党大会で、解党を宣言し、新たにハ
ンガリー社会党として再出発した社会党と)どちらがより民主的なのか疑わ
せる政権でした。 その4年後の総選挙でMDFが破れ、 社会党政権ができ
ると、日本のマスコミは「旧共産勢力が復活」とか「民主派が敗北」とセン
セーショナルに報道し、「ぬるま湯の共産主義時代に対する郷愁」を社会党
復活の理由としました。 しかし、 私の見るところでは、ハンガリーの有権
者は社会主義時代が懐かしかったから社会党に投票したのではなく、体制転
換後のMDF政権の腐敗と、東欧では優等生で最も強力だった経済を破綻さ
せ、 国粋主義・権威主義を追い求め、 周辺諸国と無用の軋轢を産むばかり
だった“民主政権”にうんざりしたからだった というのが 真相でしょう。
1956年のハンガリー動乱以降のハンガリーは、相当民主的な社会になってお
り、特に、無血“大政奉還”を自ら実現したハンガリー社会党は極めて民主
的な政党になっておりました。(ハンガリーの民主化に反対する保守派は、
離党して、別途、[新]ハンガリー社会労働党を結成していましたから。そ
れからハンガリーの体制転換は、国民が自由を求めてデモをした結果ではな
いことにも注意すべきです。 ハンガリーでは、 全てがハンガリー社会党の
改革派達の手で実現されました。野党の実現も、ハンガリー社会党の改革派
らが組織したものでした。)体制転換の前後を挟んで単純に「民主政権」・
「独裁政権」とレッテル貼りをするのは(日本では流行ですが)、しばしば
真実を見失います。 例えば、 象徴的なできごとですが、社会主義時代には
1度も番組が放送禁止になったり、担当者が解雇されたりしたことのなかっ
た、辛口の反体制的社会派の番組の担当者がMDF政権になった途端に「民
主政権に対して批判的である」という理由で解雇されたりもしました。私の
周囲のハンガリー研究者で、体制転換を「民主化」と表現する人には会った
ことはありません。(社会主義時代のハンガリーを知らない最近の若手研究
者は違うようですが。また、我々も民間財団等の助成を申請する時には“共
産主義体制”とか“民主化”とかいった言葉を用いますが、これはそう書か
ないと申請が通りにくいからです (^"^;)。)
Pola> 形式張った敬称表現が増えたというのは、興味深いお話ですね。
封建的な敬称は、すでに 1980年代には目立ちはじめていました。 70年
代でも近所の肉屋さんなんかはそういう表現を使っていましたね。しかし、
体制転換後の“民主政権”は、極めて時代錯誤的・国粋主義的な政権だった
ので、そのような権威主義的な表現が加速されました。 彼らの時計は 1948
年で止ってしまっていたのですね。ですから、彼らが政権を獲ると、1948年
当時のヨーロッパの政治をやろうとしたわけです。しかし、時代はすでに半
世紀も経っており、西欧諸国の政治体制やスタイルは全く別のものになって
いたわけです。しかし、近年の爆発的なインターネットの普及もあり、やが
て、バランスのいい場所に落ちつくのではないかと考えています。
Pola> részére が格助詞的な意味合いだとすると、本来の敬意の表現とし
Pola> ての敬称表現ではないのかもしれませんね。
“részére”には敬称の意味は全くありません。 単なる「宛て」という
意味です。
http://bosei.cc.u-tokai.ac.jp/~hukaya_s/
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